「幸せ」の正体について、今この瞬間の私が思うこと。
人って誰しも、幸せになりたいじゃないですか。
意識している、していない、
理解できている、できていない、
の差はあるにしても、
みんな幸せになりたい、って、
思っていると思うのです。
けれど、「今幸せですか?」と聞かれて、
はいっ!
と即答できる人は、
どれくらいいるのかな?と思うと、
どうなのだろう?
私自身も含めて、
今私の周りにいる人たちは
わりと即答派が多いような気がするけれど、
それでも、即答しながらなお、
頭の中では、
「まぁ幸せではあるけれど、
まだこれで満足というほどではないな」
みたいな、
否定はしないけれど全力で満足でもない、
微妙な即答な気がしなくもない…(笑)
これで満足してしまったら、
これ以上の幸せは手に入らなくなってしまう。
だからそのために、
もっと幸せになるための余白を残しておきたい。
あぁ、ちょっと思い返してみると、
はいっ!って即答しなければならない。
なぜなら私は幸せだから!
というような、筋肉質な即答もありますね。
私自身も通ってきた道ですけれど、
今思うとこれってちょっと違う。
いや、別に正解はないんだけれど、
なんかね、
そう思い込もうとしているんですよね。
自分に言い聞かせているみたいな。
私は幸せなんだよ!
って、ちょっと肩に力が入りすぎてて、
近寄りがたい雰囲気が漂っちゃったりして。
男性的な感じかな。
結果を手に入れたんだからこれが幸せだろ!的な(笑)
ちょっとみずみずしさに欠けるんですよね、
筋肉質だから。
でもね。
でもね、でもでも。
身体でその本質にある幸福感を味わう、
そんな体験をしてしまうと、
即答、幸せ!っていうのが、
やっぱりちょっと頑張りすぎちゃってたなって、
今の私はそう感じます。
幸せの正体って、「感じる力」。
今この瞬間の私はそう思うのです。
何か特定の環境になったら、
何か特定の状態になったら、
「幸せになれる」というイメージがあるけれど、
そうじゃない。
あぁ、可愛いなぁ
あぁ、楽しいなぁ
あぁ、嬉しいなぁ
という、
その感覚を味わっていることそのものが、
豊かさであり、幸せ。
特定の環境や状態に「なる」ということも、
幸せを増幅する要素にはなるけれど、
それがないから幸せになれない訳では、
ないのです。
むしろ純粋な幸せって、無条件。
~であるべき、というような枠はないのです。
でもそれはね、
情報を集めて、
知識を増やして、
思考で理解して、
そう「なろう」と思ってもなれない。
なぜなら、「感じて」いないから。
「感じる力」が幸せになるカギだとするならば、
それは身体を通じてしか、
味わうことができないのです。
じっくり丁寧に感じていることを味わってみると、
身体の内側や外側で、
刻一刻と動く感じがあったり、
変化を感じ取ることができます。
決して一定では、ないのです。
状態は変化していいし、し続けるもの。
だとするならば、
変化し続ける自分を、
今日と明日と、昨日と今日が、
違っていて当たり前でそれでいい。
だとするならば、
今この瞬間の自分はどうなんだろう?って、
「いまここ」の大切さを理解することができるのです。
だって今は、
過去の今の積み重ねだし、
未来は、
今というこの瞬間の積み重ね。
今が、未来をつくるのならば、
今感じている豊かさを感じ取り、
意識していくことこそが、
安定感のある幸せを生み出せる源泉になる。
それが、幸せへの近道であり、
カギだなと、しみじみ思っています。
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